2024年3月29日公開
2023年にアメリカで話題になりアカデミー賞も受賞した作品ですが、米本土で同時公開された「バービー」とタイアップし…「バーベンハイマ―」と題して(能天気にも)原爆の画像を使って大炎上しました。
そのため、日本での公開が遅れたと言われています。
最初に鑑賞後の感想から言うと…「一言では言えない感情がわいて気分が重くなった」
しかし悪くないのです。
むしろイイ作品だと思いますが、なにかと複雑( ꒪Д꒪)
クリストファー・ノーラン監督らしく時間線が頻繁に前後します。
カラーとモノクロと…色表現で区別しようとはしていますが、かなりテンション上げてみないと分からなくなりそうです。
時間線はおそらく三つ。
・原爆ができるまで
・オッペンハイマーに対する聴聞会(ソ連のスパイ嫌疑)
・オッペンハイマーに敵対する人物、ストローズに対する公聴会
さらに登場人物はかなり多め、エピソード数も多く場面切替えも早いため、3時間も尺がある割にテンポは良い(?)
とにかく要素の多い作品です。
原爆開発までの歴史的経緯をザックリでも予習しておくと、かなり分かりやすくなると思います。
(とにかく20世紀前半の有名物理学者がゾロゾロ出てきます)
原子爆弾完成までの歴史的なエピソードをなぞりながら…オッペンハイマー自身が女性関係が結構奔放であったこと、第二次大戦前に共産主義の流行(?)があったことなどが織り込まれています。
理論物理学で予言されていた核分裂・核融合が、実際の装置で実現していったのが第二次世界大戦の直前。
核のエネルギーを当然爆弾として使えることに各国が気づくようになったわけですが…ちょうどナチスドイツが領土拡張するなどして世界情勢も緊迫化。
そのドイツが核兵器の開発を進めているという情報から、そのドイツに先んじてアメリカで核兵器を開発するべきだというのが、マンハッタン計画のモチベーションになっていたわけです。
そのマンハッタン計画というのが、桁違いの規模で…文字通り金に糸目をつけないとか、研究開発施設からその周辺の町をゼロから作るとか、有望な学者も次々と連れてこられて…という描写は「スゲエ」の一言。
やはり日本はアメリカと戦争なんてしてはいけなかったのだなぁ…と思いました。
開発を続けていたけれど、想定していた競争相手のドイツは1945年春に降伏。
ここまで開発してきて、原子爆弾を使うの?使わないの?という話になるわけですが、すでに敗色濃厚であった日本に使おうという思決定がなされます。
その検討過程で…東京大空襲で10万人以上犠牲になったが、原爆使ったら何万人だ?とか、言っているわけですよ。
あと…どこに落とすか候補地は選んでいるが、京都は文化的に重要だから外そうとか…結構有名な話も盛り込まれていました。
そんな原爆使わなくても日本には勝てるでしょ、という意見には…日本人は最後まで戦うから原爆でも使わないと、自国側も犠牲者が増えるから…というよく言われる原爆による早期終戦論を根拠に、その使用を決定したんですね。
さらにポツダム宣言時点で、原爆の試験を成功させろという、政治的な理由で必死こいて史上初の核実験「トリニティ」が行われたあたり、かなりの緊迫感で描写されていますね。
しかし、原子爆弾が実際に使われた結果どうなったかは直接描写はありません。
記録映像をオッペンハイマーたちが見て「うわ~っ」となる場面があるくらいです。
その代わりにオッペンハイマーの幻視で目の前の女性の顔に熱線が降り注いで皮膚がただれていく描写や、核戦争で世界中に核ミサイルが落ちるイメージが出てきます。
原子爆弾が完成してしまうと、すぐにそのハンドリングは軍が掌握してしまいます。
オッペンハイマー自身はそれ以上、核兵器開発がエスカレートすることに反対であり、水素爆弾の開発にも否定的であったのに…戦後は皆さんご存じの通り核兵器を持って大国がにらみ合う世界になってしまいました。
映画は結構な尺を使って、戦後オッペンハイマーが「赤狩り」にあった場面が描かれています。
敵国であるソ連とつながりのありそうな学者には高度な機密情報である核開発にはタッチさせないというわけです(それどころかスパイだと疑われた)
現在日本で言われる「セキュリティ・クリアランス」ということになるのでしょう。
この辺の流れを見て思うのは、英米目線で第二次世界大戦は何と戦ったのか?というものです。
1930年代、領土拡張を狙うファシズム陣営と英米の体制を壊しかねない共産主義、二つの脅威があったはずです。
枢軸国三国のうちドイツ・イタリアは明らかなファシズムであり、日本はファシズムではないと思いますが、中国での拡張政策で英米と対立し結果ファシズム陣営についてしまいました。
一方で、ロシアから発生した共産主義も脅威になりうると考えられていたわけですが、まずはファシズム陣営と戦うために共産主義と手を組んだのが1945年までの状況です。
本作中でもオッペンハイマーは個人的に共産主義の友人知人がいたが、それはそれであり本人はドイツより先に核兵器を作り出すことに全力を傾けていたことが語られます。
その辺の人間の複雑さは上手く表現できていたように思います。
作中、オッペンハイマーは神話のプロメテウスに例えられています。
プロメテウスは人間に火を与えたが、人間は火を使って武器なども作り出すようになった。
プロメテウス自身は毎日鷲に肝臓を啄められる苦役を課せられた…
オッペンハイマーも核兵器という歴史上不可逆なものを生み出した故に苦しみを味わうというわけです。
そして2023年にこのような作品が公開された…その意義はあると思います。
国連の安全保障理事会で拒否権を持つロシアが、堂々とウクライナを侵略し、対立国に対しては核兵器の使用を匂わせて恫喝しているのが現代です。
オッペンハイマーが変えてしまった世界ですが、さらにこの映画で描かれた時代とは全く変わってしまいました。
「こんなになってしまった…人類、どうすんのよ?」
そう問われても…簡単に答えられない。
核兵器なくせばいいの?
核兵器を使おうと考える政治体制を変えればいいの?
そんなことをいう人もいるけど…そう単純なものじゃないだろ…と思い、気分が重くなるのでした。
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<原作本>
映画製作の記録
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