yokohama121

1990年代後半、スキー市場が縮小しているとわかってはいたが、某P社は長野オリンピックまでは何とか商品開発体制を維持しようとしていた。
しかし、長野オリンピックがあっても業界の商売上なにか良い兆候などあるわけもない。

案の定、長野オリンピックが終わった1998年の夏にはスキーウエア(スノーボードウエアも含む)の企画部隊はなかば解体され大幅縮小されたのでありました。
何人も企画から別部署に異動となり、一番多くを受け入れたのはゴルフウエアの部署であった。
私はレディースゴルフウエアの営業に異動となり、そこでいきなり数十年に一度の機会に恵まれる(?)

1998年の夏、横浜は野球の話題にわいていた。
数十年に一人の逸材と言われる松坂大輔を擁する横浜高校が夏の甲子園優勝、プロでは横浜ベイスターズがリーグ優勝を飾りそうな勢いだったのである。

そこで、地元横浜の小売店はベイスターズの優勝にあやかろうと優勝セールをやろうとする。
ちなみに当時、ジャイアンツが優勝すると百貨店ではそごうが優勝セールを行った。
阪神であれば阪神百貨店、西武であれば西武百貨店と電鉄系は百貨店がセットになっていたので、プロ球団に百貨店のセールはつきものであった。
そんな頃、私はといえば横浜●島屋の担当になった。


さて、マジックナンバーが出ればお取引各社に「協力依頼」が送り付けられる。
案の定、横浜●島屋から協力依頼が届いた。
ベイスターズは特定の百貨店との関係はなかったので横浜の小売りはこぞってこれにのろうとした。

ジャイアンツの優勝セールはしょっちゅうあったが、横浜となるとそう頻繁にあるものではない。
前回優勝したのはベイスターズの前身大洋ホエールズの時代で実に38年も前のことであった。
それゆえ、一生のうちに何度もないゾ!と大変な盛り上がり方であった。。

このような状況になると、はっきり言って売れるときに売れるものを揃えられるか?が問題となる。
幸い10月であったので、セールに出せる商品は比較的数があったが、他で定例で行われるセール・催事向けの商品も取っておかなければならないので、この際「これは…ちょっと」という売りづらい商品が多数あったように記憶している。